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墨田区●給食の放射線量測定へ 新年度、自前で機器購入

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東京新聞:墨田区 給食の放射線量測定へ 新年度、自前で機器購入:東京(TOKYO Web) http://t.co/i8a55Y8g

(ツイッターより)

*写真は植物の花粉(記事とは関係ありません)
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by harappanohappa | 2012-01-27 12:37

保坂展人さんの日記/学校給食の牛乳の放射性物質検査

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保坂 展人さんの日記/学校給食の牛乳の放射性物質検査



世田谷区では定期的に学校給食の牛乳の放射性物質の検査を実施していきます。たとえ低い値でも検出されれば、検査の頻度を縮めて対応します。今回は「不検出」でした。次は2月です。
世田谷区 学校給食の安全について(牛乳の放射性物質1月検査) http://t.co/ScnxjHFU

(フェイスブックより転載しました)

●何か聞きたいことがあれば伝えますので、コメントお願いします


*写真は植物の花粉です(記事とは関係ありません)
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by harappanohappa | 2012-01-27 10:48

原発マネーに負けなかった男

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小倉文三

高知県民は、過去の放射能との困難な戦いで、実に3連勝している。窪川原発(1988・1・28 窪川町)、高レベル放射性廃棄物(2007・4・22 東洋町)、低レベル放射性廃棄物(2009・2・4 大月町)をその入り口で追い返した。最初の窪川原発については、私は何も知らなかったが、昨年11月30日に高知大学で行われた島岡幹夫さんの講演を聴き、そのあと1時間ほど彼と歓談する時間があったので、およその経緯を知ることができた。

それは、語るに値するサクセス・ストーリーであった。

○ 島岡幹夫さんたちの地道な原発反対運動が、漁業のできる海を残した。
1975年、旧窪川町に原子力発電所建設計画が持ち上がった。島岡幹夫さん(当時38歳)は、この時、高知県窪川町自民党支部広報副委員長だった。25歳までは大阪府警の警官だった人である。この種の話は、一般の人が知る前に保守系の有力者の間で根回しされるの常である。ある会合で計画を打ち明けられた時、町の有力者がだれも反対しない中で、彼だけは、「ちょっと待ってくれ!」と異議をはさんだ。放射能が気がかりだったのである。その時、放射線治療の末に52歳で亡くなったお母さんの死体を思い浮かべたと言う。有機農業をやっていたから直感的に放射能を嫌ったということもあったかもしれない。
「窪川町には、当時、農業と畜産で80億、林業で30億、縫製工場などの加工産業を合わせると、150億近い収入があったのです。四国有数の食糧生産地なのに、たかだか20億や30億の税収に目がくらみ、耐用年数30年程度の原発のために、2000年続いてきた農業を犠牲にするのは、愚の骨頂です」というのが、島岡さんの主張であった。しかし、窪川町自民党支部の中で、彼のこの正論に同調する人はなく、彼は孤立感を深めていった。

島岡さんは、孤立してじっと手をこまねいている人ではなかった。彼は、共産党の反対集会に乗り込んで行って、こう言った。
「この町の有権者は13000人、革新は3000人、保守は10000人、革新が運動を主導したら、原発は建設されてしまいます。この反対運動は、私のような保守の人間が中心にならなければ、大きな力になりません。私を反対運動の代表にしてください」 

そして、彼は、窪川町原発反対町民会議の代表になった。まもなく、彼は、自民党窪川町支部に呼び出され、除名処分を言い渡された。

賛成派と反対派、町を2分しての骨肉相食む長い闘いが始まった。賛成派は、13億の宣伝費、接待費を使ったと言われている。一方、島岡さんは、「郷土懇談会」と名付けた学習会を毎週のように開き、住民と一緒に原発を学習することから始めた。「岩波新書の『原子力発電』(武谷三男)を教科書にして勉強しました。あの本は、私たち反対派のバイブルになりました」と当時を振り返る。

原発は未来に禍根を残す。原発反対町民会議は、任期4年の町長や町議会に建設の議決を委ねず、全町民有権者の投票によって決する住民投票条例の制定を要求した。先駆的な試みであった。「その時の町長は、当選して1年半後、公約に反し、賛成派に回っていたのです。その町長は、私の家内のいとこでしたが、私はリコール運動の先頭に立ちました。その町長の実の母親もリコール賛成派でした。
1981年3月の解職投票で、賛成6332、反対5844で、私たちが勝ちました。しかし、私たちに油断があったのでしょう。その後の出直し選挙では、私たちの立てた候補者が899票差で解職町長に負けてしまったのです。1票5万円だったと言います。当時の窪川町の民度は高かったですが、500くらいは浮動票があり、金をもらったら、そちらに動く人もいたのです。私たちは再び危機に陥り、町は一層混乱していきました」

私は、東洋町の高レベル放射性廃棄物の時(2007・4・22)も、1票5万円だった、と聞いた。
島岡さんたちの学習会をベースにした地道な反対運動は、原発マネーに負けることなく、徐々に賛成派を包囲しつつあった。県原発反対漁民会議は、「海洋調査が強行されるなら、5000隻の漁船を動員して、海上封鎖する」と宣言していた。そして、島岡さんたちの反対運動に順風が吹いた。

1986年4月、レベル7のチェルノブイリ原発事故が起こったのである。1988年1月、町長は、「窪川原発は今日的課題ではなく、海洋調査を棚上げにする。私は、公約の責任をとって辞任する」と発表した。

こうして13年間に及んだ窪川原発建設計画は、原発反対町民会議の地道な活動によって、阻止されたのであった。

http://www.janjanblog.com/archives/60796
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by harappanohappa | 2012-01-26 12:54

ロバのユークリ

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『ロバのユークリ』

ロバのユークリはおじいさんのロバでした


おじいさんが行くところなら、ユークリはどこへでも行きました


のろまでしたが、おじいさんもゆっくりでしたから

ユークリはとてもしあわせでした


なにがあっても
おじいさんはなんにもいわずに、ほほえんでくれました


(つづく)
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by harappanohappa | 2012-01-17 17:19

小出裕章氏講演会 at コラニー文化ホール 2012/01/08 (内容起こし版)●ぼちぼちいこか。。。より

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1月8日【内容起こし】●ぼちぼちいこか。。。ブログより


小出裕章講演会:『山梨と福島はつながっている〜子供の未来のために知ってもらいたいこと』


http://bochibochi-ikoka.m.doorblog.jp/article/3243701?guid=ON
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by harappanohappa | 2012-01-16 10:36

父の梅の木

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父が遺してくれた梅の木

今では3本だけになってしまったが

その3本がプラムポックス病だとわかった

そして
春までに伐らなくてはならないという


それは形見だった

木こりだった父の作品だったのだ

梅の実をもぎやすくするために
樹形を低く作ってあって
登って、もげるように
太い幹を四方に平らに作ってあった

父のアートだった

よく登って梅の実をもいだ

梅干しにしたし、梅ジュースを作った


近所の仲良しの子どもとその平らな太い幹に剪定した梅の枝を敷き詰めて
ツリーハウスも作った


遠く離れて暮らす姉さんの土地だった

空き地だったので
こっそり子ども達に開放して遊んでもらったものだ


今では草ぼうぼうになってしまった

放射能に汚染されているのだろうか

すべては無に帰ろうとしている

地域のほとんどの梅の木はプラムポックス病になってしまったようだ

梅の町が

父の遺した緑の遺産が

消えていこうとしている
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by harappanohappa | 2012-01-13 05:25

あはは星人と友達になった

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とりあえず、あはは星人の交信記録を貼り付けて眠ります



あはは星人のブログ
http://m.365blog.jp/index_archives.php?blog_id=ahaha&entry%5Fid=398260&_chxj_nc=true
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by harappanohappa | 2012-01-11 01:32

宅老所『すずかけの家』見学会

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『すずかけの家』ボランティア見学会を2月25日(土)に予定しています


これは西多摩地域ケア研究会の主催です

のんびりした古い農家に、すずかけの木が一本ある宅老所です

藤野町(現相模原市)にあります

ぼくの友達や知り合いや地域の人達に支えてもらいながら、地域の老人の居場所として、活動されています

実はまだぼくはそこに行ったことはないのですが、
バザーやら忘年会やら落語会やら
本当に周りの人達と一緒に素敵な時間を作ってきたことが、なんとなく感じられて
宅老所を自分でやるなら、ここがお手本かなという気がして
ぜひいつか行って見たかったのでした

資金もないところから始めたこと

それも自分もそうなので話を聞いてみたい大切な要素でした

地域ケア研究会の仲間に話したら
ボランティアを兼ねて行ってみようよ♪
ということになりました

行った後、感想をまた書きます


すずかけの家のブログはこちら
http://blog.canpan.info/suzukakenoie/
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by harappanohappa | 2012-01-10 10:32

地域ケアについて

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「地球を救う地域の知恵」

これは、田中優さんの新しい本『地宝論』(子どもの未来社)のサブタイトルだ

ぼくは介護職なのでバイブルのような本があるのだけど、その本の名前は
三好春樹さんの本『痴呆論』(雲母書房)なのだ

この本のサブタイトルは「介護からの見方と関わり学」という

ぼくのなかで、今、二つの『ちほうろん』が、地域ケアという言葉で結ばれているみたいなのだ


田中優さんの『地宝論』
それは、「田舎こそ宝物があるじゃないか」
というものだったと思うし

三好さんの『痴呆論』
それは「仮説にすぎない脳の萎縮、変性が原因であるという「病気論」に至ったり、これまた仮説のような「過去のトラウマ」論に至ってしまって、痴呆に最も影響を与えている〈現実の生活と関係〉に目が向かないのが、医療と心理学の側の痴呆論である。そうならないために、私たち介護に関わる者はどんな立場に立てばいいのだろうか」というものだった

なにかがつながっている

そう確信してしまった

それをゆっくり読み解いてゆこう

最近、すっかり
放射能情報チェックに疲れ果てていた

ブログも
井戸端会議も何もあったものじゃなかった

本も
ろくすっぽ読めなかったんだ

だけど

あたらしい年はやってきてしまった

あたらしいあさを迎えたのだ

地域のみんなと家族と一緒に

「おはよう!」って言って

ひとつになりたい
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by harappanohappa | 2012-01-02 22:02

あたらしいあさ

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あたらしい朝がくる

けいざいはともかく

まずはひとつになろう

しんじあうこころ

てとてをつなごう

おはようっていおう

めがさめたらね

できるさ

とてもすてきなあさ

うれしいあさがくる


2012年


みなさん

今年はひとつになりましょう

長淵の歌に感動してしまった



原発をみんなで
ひとつになって止めましょう



そして

みなさんが素晴らしい年でありますように
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by harappanohappa | 2012-01-01 08:40


いのちたちの居場所


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